とりあえずは、夕食は外で
ハウスメイトのアランと言葉の壁でいまいちうまくいっていない話は
この記事に書いたが、今回はその後の報告だ。
(といっても5日くらいしかたっていないが)
私が週に何回もイラン人のエラと夕食をともにするので、
さすがに、二人も気づいたようだ。
今週2回目に夕食時に出かけるとマリアに告げた時、
彼女は「あ、、ok」とちょっと驚きながらも何も聞かず了承。
その翌日食卓を囲んだ際、会話にかなりの英語が使用されているのに気づいた。
アランもかなり英語を使っていて、私も会話に参加できることができた。
私が食事時にかなり家をあけるので、さすがにマリアが気づいたのだろう。
私が察するに、アランが「レイは今日も友達にあってるのか?」と聞き、
マリアが「私たちがフランス語でしか話さないからじゃない?」
というような会話があったのではないだろうか。
Passive Agressive: パッシブアグレッシブ
私の今回とったこういう行動をPassive Agressive(受け身だけど攻撃的)という。
日本人はわりとカルチャー的にPassive Agressive 文化だと思う
(無言の抵抗、みたいな感じ?)。
この方が、楽なのだが、当然いいことではない。
一時期、娘に、マミーそれはPassive agressiveだから
やめた方がいいよ。ってよく言われた時がある。
嫌味をいったりするとそう言われる。
一方、フランス人の親友に一応フランス語問題解決したと思う、
といったら彼は、「Passive Agressiveは多くの問題の解決法だ!」
という返事。笑える。
やはり本来なら、自分がフランス語がわからないために、
会話に入れず疎外感を感じている、もう少し英語で話して欲しい
と面と向かって、二人に伝えるのが正しい問題の対処法だったのだろう。
だが、今回は、そうもいかなかった。
私の残り滞在時間が短いこともあって、あまり大事には
したくなかったのもあるし、マリアは私を突然家に住まわせたことで、
もとからいるハウスメイトのアランに気を使っていた。
アランは、フランス人のせいなのか、個人の性格なのか、
人種差別主義者なのかわからないが、表面はオープンな感じに見えても、
非常に秘密主義的なところがあり、心を開かないし、
踏み込まれるのがいやなのではないかと思う。
とは言っても、アランとマリアが常にプライベートな話だけを
フランス語で話しているわけではない。
どうでもいい無駄話もフランス語だ。
アランがそうなので、私も彼にプライベートなことまで
オープンにしたくないが、なんせマリアが食卓で聞いてくるので、
そうもいかない。マリアの質問にはなるべく包み隠さず答えたいし、
かといって後で話そう、というのも目に見えてアランには
聞かせたくないといっているようで、気が引ける。
(アラン自身は全く気にしないと思うが、
マリアにそういうことで気を使わせたくないのだ)。
被害者面しないこと
エラには、「もう少し彼らの会話に
「トピックを変えしまって悪いんだけど」と英語で口をだしたり、
「なんて言ったの?」と聞いて訳してもらうとか
自分の方から割り込んだら?」と言われた。
なので、ちょっと試してみた、二人で話しているところで、
横で料理している私が、「二人の話にに割り込んで悪いけど、、」
といったり、「コーヒー、私ももらえる」と言ってみたり、
「今何話してたの?」と言ってみたり。マリアに見せてる写真を
「私にも見せて」って言ってみたり。かなりがんばった。
確かにそうすると、英語にその間は切り替わるし、
私の存在を彼らに思い出させることになり、会話に参加しやすくなる。
そうエラに報告すると、彼女は「それはよかった。
被害者でいるよりも、自分で積極的に動いて状況を変える方がいい」と言われた。
その通りなのだ。被害者になった気がして、
自己憐憫に陥るより図々しくても自分から割り込んだ方がいい。
エラのいうことはもっともだ。
そして試してみたら、それなりにうまくいった。
しかし、自分の性格とは違うことをするのは、
ものすごく疲れるのだ。ものすごく、ものすごく疲れる。
そして、やはり私がいない方が、マリアとアランは気兼ねなく
フランス語でしゃべれるので居心地がいいと思う。
(横で、いくら話はわからないくてもずっとみてる人がいる
というのも落ち着かないだろう)。なので、こりずに
まだよくエラと食事でかけている。
マリアは私を追い出してる気がして
胸を痛めているかもしれないが、私は3人で家で食事をとるときは
自分からリーチアウト(手を伸ばす)すように努力したいと思っている。
他人と暮らすのは難しい
やはり、他人同士が一緒に暮らすのは難しい。
しかし、アランとのぎこちなさはあるが、
マリアとはうまく行っているのでそれはよかった。
あと彼女の出発まで3日。彼女との時間をかけがえがなく愛おしく思う。
フランス語にはいい思い出がない。それでも、
マリアとはこのあとも一生繋がっていたいと思うので、
帰国して落ち着いたらフランス語をまたイチから勉強してみようか、
とこの時は、思っていたが、その後やはり、めんどうになり諦めた。